2008年6月17日火曜日

「蟹工船」を読んでいたよ~2008年6月ごろのこと(2)

 


1枚目 大泉緑地の「大芝生広場」。大というだけあって、ソフトボールくらいなら4面ほどとれるようだ。今日は平日。よく見えないけど、おじさんが何人か集まって、小さな飛行機を飛ばしている。

2枚目 「樹の道」っていうのがあって、それは、伐採したり枝を払ったときに出た木を細かく砕いて林の中に10cmほど盛り上げて公園内を歩けるようにした道なんだけど、ここを歩くと、木や草で足元がふわふわして、いい感じなんだね。これはその「樹の道」のところに咲いていた紫陽花。

3枚目 「大地」と「花子」だっけ、この公園には羊がいる。これはどっちなんだろう、オスかね、メスかね? いまいちかわいくないのは毛を刈ったばかりだからのようだね

4枚目 「樹の道」を進んでいくと、小川が流れていて、紫陽花が咲いている一角に出た。樹に覆われて涼しそうなベンチがあったので、ここに座って、いや、寝転がって、「蟹工船」という本を読んだ。この作者は築地署で、拷問により殺された・・・んだね。すごいね。

5枚目 横向きで読んでるのがつらくなってきたので、上を向いてみた。木漏れ日がキラキラして、いい風が吹いている。

2008年3月8日土曜日

2008年3月8日 セキュリティゲートでパソコンを忘れた。

羽田についてから、カバンが妙に軽いことに気づいて、中を覗いて驚いた。

パソコンがない。

伊丹のセキュリティゲートを通る時に、そのままおいてきてしまったようだ。

ここで待っていてくれれば次の便に載せて持ってきてくれるという。あぁ、すんませ~ん。というわけで時間つぶしに展望台へ。

すんませ~ん。

2007年12月15日土曜日

ビガマス運動 〜 ド・ケルヴァンの続きのはなし(その6)

(承前) 一週間後。初めてのビガマス運動。「最初は5分間、負荷3kgでやってみましょう。」

ビガマス運動をする機械は、エアロバイクのペダルを両足とも下に垂らした感じのものを想像してほしい。

サドルにまたがり、ペダルを足に固定、前にクッションを置き、上半身を前傾させてハンドルを軽く握る。エアロバイクと違うのは、この状態から、足を交互に後ろに蹴り上げる動作をすることだ。「エアロばた足」もしくは「欽ちゃん走り訓練」といった感じの運動になる。この運動を10分間行うことで、約1時間のウォーキングと同じくらいの運動量になるという。

ペダルへの負荷は先生が決めるが、同じ負荷でも前傾姿勢を深く、足を高く早く跳ね上げることで、かなり高負荷の運動になる。運動中、心拍数が高くなると年齢に比して負荷が自動的に軽くなるとのことだ。リハビリなどに使う医療機器なのだろう。よくできている。

また、この運動は足の付け根の部分だけを動かすもので、膝に負荷がかからないところもいい。ジョギングなどで膝を痛めることもあり、かと言って膝への負荷が少ない水泳などは、気軽にできるものではない。こういう体に優しい運動器具は健康器具メーカーなどがもっと取り組んでもいいのではないかと思う。

実際に乗ってみて、これで運動になるのかという感じで5分が経過した。

「どうです?軽い感じでした? でも、今のでほら、253kcal消費してますからね。次から一分ずつ増やしていきます。10分くらいになると、少し運動した気分になると思いますよ」

253kcalというと、なるほど30分ほど走ったのとほぼ同じくらいだ。しかし本当かね。

本題の手首は、前回の治療後確かによくなったが、またもとに戻ったような感じだと言うと、今回は筒状のものでなく、長い鍼でプスプスと腱の周りを刺して、「どうですか?」「まだ少し痛みます」「どうですか?」「いいようです」という感じで、治療してもらった。

「まず、痛みがとれて、それから腱が太くなってしまっているためにクキクキとする感じになっているんだと思いますが、痛みがとれた後、その感じもなくなっていきますので。」と先生は確信に満ちて言った。

「テーピングをしときましょう。」

細いテープを横に3本、縦に3本格子状に。で、対角線に2本。手首が戦時中の窓硝子のような感じになった。

「変わったテープですね。初めて見ました。」
「スパイラルテーピングといいます。これで血流をよくします。」
「テーピングで血流がよくなるんですか。へぇ。」

テーピングというのは患部を固定するものという頭しかなかったが、このスパイラルテーピングというのはそういうものではなく、鍼や灸と同じように、皮膚にテープという刺激を与えることで血流をよくし、痛みをやわらげるのだという。

う〜ん、信ずる者は救われる・・か。(先生はクリスチャンのようで、壁にキリストの肖像画がかかっていたり、日めくりのカレンダーに聖書の言葉が書いてあったりする。)ビガマス運動もまずまず気に入った。気長に通ってみることにしよう。

   ~ これが2007年の冬の話だ。~

その後ここには3ヶ月ほど通った。症状は少しずつ、少しずつ改善していったが、春になり、梅雨が来ても完治というところまでには至らなかった。現在でも少し違和感があり、長い時間キーボードをたたいた日などは少し痛みを感じることもある。

けれども、何よりこの腱鞘炎がきっかけで、いろんな経験をした。薬と注射満載主義の医者は、真剣に運動しようという決意を与えてくれた。次に行ったところで走ることが楽しくなった。そして、最後に通ったこの鍼灸院ではスパイラルテーピングという、自分でもいろいろと活用できそうな技術や、サンドバックの叩きかたも教えてもらったし、ビガマス運動を10分やるだけでは物足らないと言うと、これと併用して、血流を抑制して効果的に筋肉を鍛えていく「カーツトレーニング」のやりかたも教えてくれた。

そして、運動したり食生活を変えたことで、83kgあった体重が半年ほどで76kgあたりまで落ち(最近また盛り返しつつあるが・・)、体が軽く感じられるようになったことなど、得たものは大きい。 これぞ怪我の功名というものだ。(2008年11月)

(監)

2007年12月10日月曜日

鍼 〜 ド・ケルヴァンの続きのはなし(その5)

(承前) こぢんまりとした鍼灸院に、5・6人ほどが低周波治療や手足の温浴、マッサージ機などを使っている。

「ここをどうしてお知りになりました?」という質問に、「インターネットで、先生がエディスタッフだったことを知りまして、先生にぜひとも診ていただきたいと思い、」とはあまりに追従くさくて言えず、「えっと、義父が移転前に先生にお世話になってまして。」と答えた。

手首を10分間冷やす。治療用のアイスノン(商標?)は、中がパウダーになっている。凍った状態でも患部にピッタリフィットし、直接肌につけていても凍傷のようなことにはならないという。いいなこれ。

そのあと、セラミックボールや薬草、漢方薬などを漬け込んだ湯に手足をつけて温浴。以前にやったゲルマ温浴は20分だったが、ここでは5分。自分で砂時計をひっくり返して入る。手足が生薬くさい・・・。

診察台に行く。まず、首肩腰に鍼をうってもらった。鍼をはじくようにしているのだろうか、ボンボンという感じで打っていく。

「どうですか? 楽になりましたか?」と先生が聞く。

前のところでは、力いっぱい揉んでもらってかなり気持ちがよかったので、そんなさわったかさわらないか、蚊が刺したほどにも感じないようなモンで、ポンポンしただけでアレッ?

「あ、楽になってますね。」

「じゃ手首も見ましょう。」ポンポン、ポン「はい、動かしてみてください。」

いやいや先生、そんな簡単に言うけど、これ、親指動かすと腱がグキッと裏返ったような感じになって、その瞬間も痛いし、裏返っている間もずっと、かなり痛くて、もとに戻すときも最初と同じくらい痛いんですよね。

そんなことなんで、あんまり動かしたくないんだけど、先生がそういうなら・・・アレっ? 腱がこすれる感じはそのままだけど、痛みは・・ないことはないけど・・・。

「あ、なんとなく薄れた感じがします。」

「じゃ今日はこれで」

すごいな鍼というのは。こんなに即効性があるものなんだ。

治療はこんな感じで終わったが、ここに来るときに気になっていたのが、「ビガマス運動」というものだった。

「これをやらせてもらえませんか?」と聞くと、「今、治療したとこなので、しばらく安静にしておいたほうがいいです。セッティングもあるので次回から、治療前にしましょう」とのことだった。少し残念だが、次の予約をして帰ることにした。

(続く)

エディ・タウンゼントスタッフ 〜 ド・ケルヴァンの続きのはなし(その4)

(承前)12月も中旬に入っていた。手首の痛みも4ヶ月を過ぎると、痛いのが当たり前のように思えてきていた。

西洋医学だと、きっとまた薬と注射で治そうということになるだろう。腱鞘炎自体は、まだ原因のよくわかっていない病のようで、内科的な原因でないのなら、対症療法中心の西洋医学よりも、体の治癒能力を向上させ、根本的なところから治していこうとする東洋医学のほうが、時間はかかるかもしれないがよいだろうと思った。

とすると、やはり選択は整形外科ではなく、整骨院ということになる。先月通ったのは柔道整復系の整骨院で、全身のマッサージは気持ちがよく、ゲルマ温浴も気に入っていたのだが、治療してくれる人が毎回変わることと、肝心の手首の状態が改善しなかったのが不満だった。今度は鍼にしてみよう。そして、できれば先生は一人だけのところがいいとインターネットを探った。

整骨院というのは近所でもかなりの数がある。普段あまり気に留めていなかったが、過当競争になっているのではないか思うくらいに多い。駅前だけでも、歩いて5分くらいの範囲に7箇所ほどの整骨院がある。それだけ需要が多いということだろうか。

ネットに積極的なところは、ショップを開いて各種サポーターや専門的な機器まで販売しているところもあるが、ほとんどの整骨院は、地域情報ポータルなどに、住所と電話の表記があるだけで、電話帳と変わらない。ホームページを開設しているところもチラホラとはあるが、設備や診療内容、受診料などもよくわからず、ポータルにクチコミ掲示板が用意されていても書き込みなどはなく、とりあえず行って受けてみないとわからない感じだった。

そんな中、ふとエディ・タウンゼントというなつかしい名前が目に入った。鍼灸整骨とエディさんにどういう関係があるんだろうと、そこのホームページをのぞいてみると、エディ・タウンゼントボクシングジムのメディカルスタッフだったという人が、うちから歩いて10分のところで鍼灸院を開いていたのだった。

ボクシングの名トレーナー、チャンピオン製造機と言われたエディさんの名をご存知だろうか。ボクシングは選手がやるもので、セコンドやコーチが話題に上ることはあまりない。でも、エディ・タウンゼントというトレーナーの名は、私のボクシングに関する記憶の中に、強烈な印象で残っている。

ボクシングが好きで、よく見ていた。特に重量級が好きだった。

モハメド・アリ、ジョー・フレージャー、ケン・ノートン、そうそう、ラリー・ホームズなんてのも好きだったなぁ。

どの試合も印象深かったが、日本で秒殺ショーを見せたチャンピオンのフォアマンが、引退がささやかれていたモハメッド・アリと対戦した試合は、どんな言葉でも言い尽くせないほどすごい試合だった。

フォアマンがロープにもたれたアリのボディを、背骨も砕けよと叩く。しかしアリはその殺人的なパンチをかわし、当たっても倒れず、どころか、お前のパンチなど全く効かないという顔をし、叩き疲れ、腕が動かなくなったフォアマンにアリが猛攻、フォアマンを倒してチャンピオンに返り咲いた。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と言われたアリが、イモムシかさなぎのようにちぢこまり、羽化し、舞い、刺した試合だった。

あぁ、懐かしいなぁ。マービン・ハグラーは、テカテカと光った頭を振ってパンチをくり出す姿が、タイガーマスクに出てきた頭に鉄球を仕込んだレスラーと妙にかぶったものだった。ハグラーと死闘を演じた石のこぶしロベルト・デュラン、そのデュランをたった2回で葬り去ったトーマス・ハーンズも大好きなボクサーだった。

日本のボクシングも、この頃が絶頂期だったように思う。ガッツ石松、赤井英和、ジャッカル丸山など、後ろには引かない、前進あるのみ。どつかれたらどつき返す、倒されたら倒し返す、最後に立っているのは俺だというような試合は、体が震えるほどに好きだった。そして、これらの魅力的な日本人ボクサーのほとんどが、エディ・タウンゼントのコーチを受けていた。セコンドで厳しくそしてやさしい顔をしたエディさんの顔も、数々のすごい試合とともに、記憶に残っている。

ボクシング自体は、辰吉あたりまでは試合を楽しみにして欠かさず見ていたが、今はたまにwowowでフロイド・メイウェザーを見るくらいになってしまった。エディさんが亡くなられて後の日本には、魅力的なボクサーがいなくなってしまった。

エディさんの略歴やエピソードがウィキペディアに載っている。少し引用させていただく。


(前略)六人の世界チャンピオンと赤井英和・カシアス内藤らの名ボクサーを育て上げた実績のみならず、人間性や指導方法も高く評価され「名トレーナー」として日本のボクシング関係者・ボクシングファンから尊敬される様になった。

高齢となったエディが、一から育て上げ最後の弟子と言われた井岡弘樹は、とりわけ愛情を注いだボクサーの一人である。井岡のことを「ボーイ」(Boy)と呼び、ジムの二階で寝食を共にして実の息子のように可愛がった。

1987年10月18日に行われたWBC世界ミニマム級王座決定戦で、井岡を世界チャンピオンへと導いたが、この頃は既にエディの体は「直腸がん」の病魔に蝕まれており車椅子で生活しながら指導するようになる。1988年1月31日の初防衛戦では、どうしても井岡の試合を見守りたいと切望し、入院中の病院からベッドに横わった状態で試合会場入りしたが、試合開始直前に意識不明の危篤状態に陥り田中外科(現・渡辺外科病院)へと引き返した。井岡が挑戦者を12回TKOで退けた知らせを病院で聞くと、右手でVサインをかかげた後に静かに息を引き取った。

その劇的な人生は「EDDIE」の名で演劇化され、各地の学校で上演されている。

そのエディさんのメディカルスタッフが、こんな近所で鍼灸院を開いていたことを知り、妻に、「俺は誰がなんと言おうとも絶対にここへ行くことに決めたのだ」と、少し興奮しながら話した。

妻は、「別に誰も何も言わないから勝手に行ったらいいけど、ここっておじいちゃん(義父。うちの近所に引っ越してきている)が昔、膝が痛いって言ってたときに通ってたとこやね。前はもっと近所にあったのが移転してちょっと遠くなったんで、行かんようになったけど。結構混んでるらしいよ。」と、こともなげに詳しい・・・。

「ま、前はもっと近くにあったの・・ね。あ、そう。インターネットで偶然、ようやく、やっと見つけたのに、おじいちゃんが『昔』に『ずっと』通ってたのね。む〜ん・・。」

なんとインターネットの世界は広く、世間は狭いものか。

(続く)

2007年12月5日水曜日

人間ドック 〜 ド・ケルヴァンの続きのはなし(その3)

(承前) 12月5日。昔一度行ったきり、ずっとさぼっていた人間ドックに行った。今年から発足した衛生委員会などのからみで、私自身が健康診断や人間ドックの未受診者ゼロを部署内に徹底しないといけない立場となり、やむなく、申し込んでいた。

もともと医者ぎらいなのに加え、前日から食事も水もダメだと言われ、朝のくそ忙しいときに検尿や検便などの準備をし、行けば行ったでかなりの血をとられたり、ぬるぬるした冷たいモノで腹をなでまわされたり、バリウムと発泡剤を飲んだ気持ちの悪い状態で、あっちを向けこっちを向け、回転しろとひっきりなしに体の向きを変えさせられるなどに辟易した。そんな不愉快な思いをするために、わざわざ申し込み予約をしなければならないなどは言語道断だ。

10月に行っていた医者の検査をさぼったのは、運動などでの改善意思を聞かずに大量の薬を出した医者への憤りもあったが、2ヶ月経たないうちにこの人間ドックを受けることが決まっていたからということもあった。薬の山を眺めつつ、人間ドックまでに思いっきり運動し、食生活も見直して、絶対に正常範囲に戻してやるのだと心に誓ったのだった。

数日後、検査結果が郵送されてきた。すべて正常範囲内だった。

(続く)

2007年11月17日土曜日

金で買えないもの

「一人暮らしがしたい。」と娘が言い出したのは、10月中頃だったろうか。

学校の近くに学生専用のワンルームのアパートやマンションがあり、敷金礼金なし、家賃共益費込みで一月2万4、5千円ほどだという。

通学に片道2時間弱、往復で3-4時間かかる。娘は、「その時間で勉強したり、アルバイトしたい。家賃と生活費はバイトで稼ぐ。」と言った。

心配でないことはないが、いい経験になるだろうと思い、反対はしなかった。妻も、そういうことを自分で決めて自分の力でやっていこうという思考や行動力がうらやましい。と言った。

部屋はあらかじめいくつか目星をつけていたようで、それから数日後には仮押さえをし、入居は11月17日に決まった。未成年なので、保証人として私の名前や印鑑が必要だが、それ以外の交渉や手続きはすべて娘が一人でやった。

親が関わったのは、エアコンの清掃や部屋の消毒などの入居前のオプションを、娘は金がないからと断っていたが、それでは気持ちが悪い、自分が出すからやってほしいと、妻が斡旋会社に電話して頼んだことくらいだ。

電話の際、アルバイトの給金が入る日と家賃の支払いの日が合わず、結局11月分は無料にしたという話や、引越し前に掃除をしたいからと言うので、契約の一日前に部屋の鍵を渡すことにしたというようなことを聞き、「なかなかしっかりとしたお子さんで・・・」とその担当が褒めて?いたと妻は笑った。

入居申請書類の保証人欄に名前を書き、実印を押す。斡旋会社と家賃の収納を代行するクレジットカード会社から本人確認の電話が入り、手続きは完了した。

引越しは、娘の友人が4人でやってくれることになっていた。そして昨夜、妻が、手伝ってくれるその友人にお礼を渡すと言ったことに娘が反発した。好意でやってくれるものを金にしてほしくないと言うのだ。妻は、親がついていて娘を手伝ってくれた友人に何もお礼をしないわけにはいかない。大人とはそういうものだと言ったが、娘は、絶対にイヤだ。そんなことなら引越屋さんに頼むと泣き、自分の部屋に駆け込んでしまった。

私は、友人にではなく娘に相当の金を渡すように妻に言った。昔、私自身も友人の引越しを手伝ったとき、友人の親からお礼だと封筒を差し出され、そんなものはいらないと断った。しかし、親として礼をしないわけにはいかない、どうしても受け取ってほしいと言われ、最終的に断りきれなかったことがあった。今ならそういうものだと理解しているが、当時は、友情を金で買われたというような気持ちが、多少なりとも残ったのを思い出していた。

娘の部屋に行くと、まだ泣いていた。自分の体験を話し、気持ちはわかると言った。友人ではなく、おまえに金を渡すようにしたから、それでおいしいものを食べてもらうなりしてお礼の気持ちを表すように言った。娘はありがとうと言った。

ただ、言っておくが、おまえも大人になり親になって、今回のように子供が誰かの好意で何かをしてもらった時に、その人に対して親は、何らかの形で礼をしなければいけないものなのだということは憶えておきなさい。気持ちは金で買えないが、気持ちに対する礼を金で行うのはごく普通で最も一般的だということも理解しなさい。それから、あとでお母さんに謝っておきなさい。と言った。

こう書くと、私も親としてなかなかやるではないかというような話なのだが、実際にはその時かなり酒が入っており、自分の体験を話しているうちに、その友人が事業に失敗して行方不明になってしまい、長く音信不通であることや、当時の感情などを思いだして気持ちが高ぶり、娘の前なのに、声を詰まらせ涙を流し鼻をすすりながら話をするという、どうにもこうにも格好の悪いことになってしまったのだった。う〜〜ん。

(監)

2007年11月11日日曜日

携帯のみアメリカへ行く。

娘が言う。「お父さん、明日からおばぁちゃんと一緒に一週間アメリカに行って来るから。これ日程表」

あのな、娘よ、そういうことはもう少し早く、というか、「お父さん、今度おばぁちゃんと一緒にアメリカに行こうと思うんやけど、行ってきてもいい?」というふうなところから話をはじめてほしいと思うのだが・・・まぁ、いいが。

え〜っと、ラスベガスとサンフランシスコか。おぉ、サンフランシスコか。お世話になったSさんは元気だろうか。もし日程が合えば遊んでもらうのもいいかと、Sさんにメールだけいれておくことにした。

プランニングや代理店とのやりとりもすべて娘がやったという。しかし、始発電車に乗って伊丹から成田まで行って、成田で6時間も待って夕方出発って・・・で、ほとんど現地フリータイム、食事もほとんどついてないって、もしかして値段だけで決めたなこれ。

お前だけやったらええけど、年寄りにはちょっと高くても関空からひとっ飛び、食事も少し豪華めのがついてるのにしたったほうがよかったんちゃうんか、などともう少しで口から出そうになったが、いろいろな不備はあっても、自分で決めて行動したということを評価してやるべきかとやめておいた。

「もし、Sさんに遊んでもらえるようなら携帯にメールを入れる」と言うと、娘は、「私の携帯もおばぁちゃんの携帯も海外で使われへんから連絡できへんで。」と言う。「お父さん、どうせ携帯使えへんやろ? お父さんの携帯貸しといて」

あのな、娘よ。確かに、電源がいつの間にか切れていたり、3日くらい前の留守電に気づいたりすることもあるが、そんな、どうせ使えへんから貸しといてなんていう、そういう言い方は・・・・まぁ、ええわ、持って行け。

というわけで、私の携帯は今年2度目の渡米中だ。

(監)

2007年11月10日土曜日

手首&マッサージ&ダイエット 〜 ド・ケルヴァンの続きのはなし(その2)

(承前) 11月初旬。新聞に整骨院のチラシが入っていた。家から歩いて20〜30分見当だろうか。

「ゲルマ温浴、岩盤浴、ブルブルダイエットマシン1ヶ月使い放題! 通常2,500円のところ、このチラシご持参の方は2,000円!」と書いてある。

整骨院なら手首の治療をしてもらいながら、首肩腰なども揉んでもらえる。行き帰りを歩いていけば運動になるし、岩盤浴などで汗を出せばちっとは痩せもするだろう。・・・一石三丁だ。と早速休みの日に行き、一ヶ月パスポートも購入した。

実際には、一日にゲルマ温浴と岩盤浴のどちらかとブルブルマシンが使えるというものだった。ゲルマ温浴を20分やると6kmジョギングしたのと同じくらいの運動になるそうで、実際かなりの汗が出る。岩盤浴も一度やってみたが、汗の量は手足だけのゲルマ温浴のほうが多いようだ。

整骨院までの行き帰りをなるべく走るようにした。体があたたまっている状態でゲルマ温浴に入るとシャツが絞れるほどに汗が出るので、タオルと着替えを持って行き、温浴の後着替えるようにした。

首肩腰などを揉んでもらって気持ちいい。しかし、手首は良くなっている感じがしない。ここには5人くらいの先生がいて、手の空いた先生が治療してくれるが、技量にばらつきがあり、全く効いた気のしない日や、手首のことを忘れられ、首肩腰をもんで「はい、今日はこれで」と言われたこともあった。

11月末。手首の痛みは改善しない。週に1〜2回、計10回くらい通ったが、このままでは治らないと思い、パスポートの期限切れとともに、ここには行かなくなった。

ただ、走るのが妙に楽しくなっていた。走り始めた数日後からしばらくは膝の皿の下あたりがかなり痛んだ。せっかく整骨に通っているので、一緒に揉んでもらった。

痛いときにはあまり走らないように言われたが、ここで止めてしまうと、二度と走れなくなる気がしたので、聞かなかったことにした。我慢して走ったり歩いたりして、もうしばらく経つと、揉んでもらっていたおかげか、膝のまわりの筋肉が成長してきたか、違和感は残るものの痛みは薄らいでいった。

(続く)

2007年10月10日水曜日

検査と薬 〜 ド・ケルヴァンの続きのはなし(その1)

10月初旬。手首の腱鞘炎(ド・ケルヴァン症)らしき症状は一向に改善せず、どころか、だんだんと痛みを増してきている感があり、やはり一度医者に見てもらっておいたほうがいいかと、整形外科へ行ってみた。

会社近くに「内科・整形外科 9:30-12:30」の看板をみつけ、手早く昼食を済ませ、12:30直前に飛び込んだ。

一通りの事情を話すと、六十年配の医者は言った。
「じゃあ、まずは内科的な問題、たとえばリウマチなどがないか、それから外科的な問題、骨の異常などがないかを検査しましょう。まずおしっこ取ってきて」

検尿の後はレントゲン。痛いのは左手だけだが、「あぁ、右手との違いを見るから右手もね」と言っていろんな方向から6枚くらい撮った。

「あと血液検査するからこっちへ座って」と言う。「あの〜さっき思いっきりメシ食ったんですけど・・・」と聞くと、「まぁ、ええやろ」と言う。

診察室に戻るとレントゲン写真を前に医者は「尿検査は異常なし。レントゲンも見る限り、骨にキズがいってるとかの異常は見当たらない。今のところは『原因不明』やね。血液検査は2〜3日かかるからその時に。今日は痛みだけ取っとこか。」と言いながら、注射器を取り出し有無を言わさず手首にプスッ。

「あ〜、ちょっと痛い注射やけどすぐ済むからな」そういうことは、針を刺す前に言ってほしいものだ。それに原因不明なのに注射?何の注射?などと思いつつ、いててて。

「ちょっとしびれた感じになるけど30分くらいでおさまるから。薬と湿布出しとくから今日はこれで。」

5日後にもう一度行った。年配の医者はおらず四十前後の医者だった。面立ちが良く似ているので多分親子だろう。

「この前の血液検査の結果ですが、手首のほうは、リュウマチなどの病気で痛くなっているということはなさそうです。えっと、『原因不明』ということですね。ただ、中性脂肪とかコレステロールとか、γGTPとかいろいろ高くて、こっちのほうが少しいけないですねぇ。薬治療始めてもいいんですが、まぁ、まだお若いから食生活や運動など、自分でがんばってみられてもいいかと思います。どうします?」と聞かれた。

はっきりとは言わないが、完璧にメタボだということだろう。「えっと、自分でがんばってみようと思います。どうもすんません。」

「今日は手首の注射はどうします?」「あ、それも結構ですんで湿布と薬だけもらって帰ります。ありがとうございました。」と、ほぼ逃げ腰状態で帰った。あ、検査結果もらってくればよかった。

その5日後、薬がなくなったのと、検査結果をもらって自分で調べたいと思い、もう一度行った。年配のほうだった。もう一度血液検査の結果について説明された。医者はγGTPを指しながら、

「これは高いけど、他の肝臓の数値は正常なんでまぁ、間違いなく酒やな。

酒いうのは肝臓で分解するのに36時間かかるんですわ。たとえば、今日、久しぶりに友達と会って痛飲したとする。で、明くる日に、昨日はようけ飲んだから今日はちょっとだけにしとこと思て、ビールをちょっと飲む。これがいかん。36時間経ってへんから、肝臓は休むヒマがない。ずうっと働き続けなあかん。

今日、痛飲しても次の日一日飲まないでおくと、肝臓は休憩できる。その次の日はまた痛飲してもかまわんのです。要は少量でも毎日飲むっちゅうのがあかんいうことですわ。」

おぉ、そうやったんか、一日おきやったらたらふく飲んでもかまわんのや。そうかそうやったのか。と、この先生もかなり痛飲好きなのだと思いつつ感心した。

「それと、あれにこれにそれも高い。このまま放っておいたら動脈硬化とか心筋梗塞とかになる。運動と食生活改善せんとあかん。」

「へい、すんまへん、がんばります。じゃ、ありがとうございました。」と早々に切り上げようとしたのだが、

「あ〜、手首、注射しとこ。それから、もう一回血液検査。今度は動脈硬化の検査しとく。あと、平日か土曜日は休めるかな? 今度は休みの日に来なさい。朝10時くらいから検査するから。2時間くらいかかるからそのつもりで。」

また痛い注射をされ、血をとられて待合室に戻る。薬ができたと呼ばれて驚いた。高コレステロール、高脂血症などと書かれた薬5種類20日分が15センチくらいの厚みでどぉんと置かれていたのだった。

この医者には2度と行っていない。

(続く)
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